◇仕事を辞めて世界を旅する人たち。本当に自由なの?


「仕事を辞めて世界一週しています」
意識が高いアカウントにありがちなこのワード。

そういう人たちは口をそろえて「仕事を辞める」=「自由」=「楽しい」と主張している。
なぜ仕事を辞めて独立すると世界一週したがるのか?自分の体験も含めて考察してみた。


◇僕の経歴をお話しするよ、

なぜそんな考察ができるのかというと、僕自身も昨年の末で仕事をやめてフリーランスになった。
フリーランスとしてそこそこ稼ぎもあったし、生活もできていた。
しかし、半年後に就職をし今はフリーランスと会社員の二足の草鞋を履きながら生活している。

なぜ就職をしてしまったか?
その理由は簡単「暇」だからだ!




◇仕事を辞めたからといって毎日遊べるわけじゃない。

仕事を辞めたところで誰かが遊んでくれるわけじゃない。当たり前だけど当たり前すぎて頭の片隅に追いやられていることだ。
僕は友人は少なくない、地元の友達と比べても数だけならかなりいる方である。
しかし、そのたくさんいる友達はもちろん毎日遊んでくれるわけではない。彼らには仕事があるのだ。
週休2日だったとしても、週に5日は仕事をしている。そして週に2日ある休みだって毎日僕と過ごしてくれるわけではない。
大学の友人なら一回会ったら次は1ヵ月後ぐらい、地元の友達だったら3ヶ月後くらいに会うのがちょうどいい。
そうなってくるとこれまでに溜めた友達貯金というのはだんだんなくなっていく。

そしてその友達貯金がなくなった時、
僕は世界に旅に出た!




◇世界を旅するのはつまらない。

世界一週はつまらない。なんたって共感してくれる人がいないのだ。

壮大な景色を見たとしても、それは誰かと共有できない。
SNSの肥やしになるだけだ。SNSのいいねは綿菓子のようなもので食べても食べてももお腹を満たしてくれることはない。

じゃあ、旅先で出会った人たちは?旅先での出会いこそ旅の醍醐味じゃないの?

そう思っていた。だけど実際に交流なんてできない。
これは「僕、異文化交流してる!」という優越感もあっという間になくなっていく。

外国人であっても初対面の人と話す内容は大体決まっている。
「出身地はどこ?」「お名前は?」「家族はいるの?」「どこいった?」などなど…
そんなこと話して何が楽しいのだ。合コンの始まりのようなくそ差し障りのない会話しかできない。


僕らが話して楽しい会話の内容ってのはもっとくだらない話だったはずだ。



◇人生には各段階でやらなきゃいけないことがある

よくあるのは「社会人になったら遊べないから学生のうちに遊んどけというけれど、社会人になっても遊べるように学生のうちに苦労をしとけ」という定型文。

人生には段階がある誰だって小学校を卒業して中学に行き高校を出る。そんな感じで段階があり、小学校で習う内容があって中学で習う内容がある。
それと同じように人生の段階にはそれぞれやらなければならないことがある。